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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)13234号 判決

理由

一、原告の請求原因第一、第二項の事実については当事者間に争いがない。

二、そこですすんで被告の抗弁について判断する。

1  《証拠》を総合すると、次の事実が認められる。

原告の妻杉本よはかねて、自己所有のアパートの居住者たる訴外吉川栄に対し、百数十万円を貸与していたが、これらの金員は他から借財して調達したものであつたため杉本よは昭和三二年九月頃同じくアパートの居住者たる訴外平沢良次に対し、右借財の返済資金の金策について相談したところ、同人から積極的に協力したい旨の申出があつたので、杉本よは、同人に対し、原告には無断で本件土地および自己所有のアパート等を担保として百数十万円の金策方を依頼し、自己の印章の外、杉本常蔵および原告の各印章を同人等には無断で平沢に交付した。一方、寺門は同年一一月末頃知人の片岡某の紹介によつて、杉本美夫および児玉某を知り、杉本常蔵の代理人と称する同人等から、杉本常蔵名義の記名捺印ある本件土地に関する保証書および印鑑証明書を呈示され、本件土地を担保に銀行から金一〇〇万円の融資を受けて貰いたい、融資が受けられればそのうち七五万円は寺門において使つてよいとの依頼と申出を受けてこれを承諾し、銀行には自己の所有地として担保に差入れるつもりで、杉本と合意の上、本件土地につき同年同月九日常蔵から寺門に対し、同年同月七日付売買を原因とする所有権移転登記手続を経由した。しかして同年一二月一一日寺門の主宰する朝日食品有限会社が債務者寺門が連帯保証人兼担保提供者となつて被告との間に被告の抗弁1記載の如き各契約を締結し、被告のため主文第二項(1)掲記の各登記が経由され、さらに同抗弁記載の経過を経て主文第二項(2)掲記の登記が経由された。

以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、被告は、杉本よは原告の委任にもとづき、原告の代理人としては本件土地の処分をしたものであると主張するが、杉本よに右代理権限を認めるべき証拠は何もなく、前記認定の事実によると、かえつて、なんらそのような権限は授与されていなかつたのである。被告の右主張は到底採用できない。

3  次に被告は、杉本よのした行為は妻としてのいわゆる日常家事代理権に基づくものとして有効であると主張する。しかしながら、民法第七六一条にいわゆる日常の家事に関する法律行為とは夫婦共同の日常生活に必要とされる法律行為をさすものであつて、その具体的な範囲は、個々の夫婦共同生活の社会的地位や資産、或いは地域社会の慣行等によつても異なるが、一般に不動産の担保提供行為や売却行為は日常の家事に関するものとはいえず、このことは本件において被告主張の杉本常蔵が老令でいわゆる隠居の身であり、夫たる原告も当時は警察官として不在勝ちであつたという事情を考慮しても変るところはない。従つてこの点に関する被告の主張も亦採用できない。

4  次に、表見代理の主張について考えるに、民法第一一〇条の「第三者」とは、無権代理行為の相手方と解すべきところ杉本よが原告代理人として本件土地を担保に金策方を依頼した相手方は前記のとおり平沢であつたのであり、しかも《証拠》によると、平沢は杉本よが代理権を有しないことにつきむしろ悪意であつたことを窺わせるので、被告の民法第一一〇条による表見代理の主張は既にこの点において採用できない。また、被告は原告がその印章および本件土地の権利証を杉本よに交付したことを前提として民法第一〇九条による表見代理の成立を主張するが右の事実がなく、杉本よが原告に無断でその印章を持出し平沢に交付したものであること前記認定のとおりであるから、被告の右主張は前提を欠き、失当である。

三、そうすると、寺門は本件土地につきなんらの権利ないし権限を取得したことはなく、従つて、また被告も同人から取得すべき権利はなかつた次第であるから、本件土地の所有権は依然原告に属するものというべきであり、かつ被告は原告に対し、主文掲記の各登記の抹消登記手続をなすべき義務があるといわなければならない。

よつて、原告の被告に対する本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容

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